Thursday, April 3, 2008

世界のサッカー代表ユニフォームの傾向(2000~05年編)

サッカー代表チームのユニフォームのモデルチェンジは、
大体2年ごとに行われるといわれています。
事実、大きな大会ワールドカップが終って次のワールド
カップの予選が始まる前にモデルチェンジされます
2000年から2005年までの代表各国のサッカー
ユニフォームの全体的な傾向を少し調べてみました。

・ユーロ2000オランダ/ベルギー2000年~2001年

ユーロ出場16ヶ国のメーカーシェアは、adidasが8、 NIKEが3、UMBROが2、PUMA、KAPPA、hummelが各1です。

結果的にadidasが半数を占めましたが、と言うのも他ブランドの 有力国が軒並み出場を逃したことが原因と言えます、adidasにとって 決して楽観視できるものではありませんでした。
このときadidasは衿付き、他ブランドはVネックという構図が現れました。

・02日韓W杯から03年
W杯出場32ヶ国のメーカーシェアは、adidasが10、NIKEが8、 PUMAが4、UMBROが2、KAPPA、hummel、uhlsport、 Le coq、Joma、atletica、TENFIELD、marathonが各1です。
このような結果になりました。
3大ブランドのシェアがより高まり、UMBROやlottoなどの伝統メーカーの 衰退が感じられた一方、中南米系のブランドも各サプライ国を守ったのが 大きな特徴です。

特にNIKEのナショナルカラーの蛍光色化(ナイジェリア、韓国)は 賛否両論を呼ぶことになりました。
ナイジェリアはユニフォームの蛍光色化受けて、胸ゼッケンのカラーの 変更を大会中に余儀なくされてしまいます。
PUMAはアフリカネーションズカップにおいて、カメルーン代表にノースリーブ モデルを投入して話題を呼びましたが、本大会では規定上により袖が付けられました。

・ユーロ04ポルトガル~05年
ユーロ出場16ヶ国のメーカーシェアは、adidasが5、NIKEとPUMAが各4、 UMBROが2、hummelが1という結果になりました。

結局のところ3大ブランドの寡占化状態は変わりません。
大国のサプライヤーの変更はそれほど見られなくなりました。
デザイン面ではシンプル化の反動が徐々に出始めてきて、 NIKEが試みた囲みゼッケンは当時物議を醸すことになりました。
Posted by masatur at 16:53:28
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